あまり考えたくないことですが、人はみないつかは死を迎えます。
しかし、大きな事故や病気などのきっかけがなければ、どのような最期を迎えたいのかについて、なかなか考えることはないでしょう。また、その考えを家族に話すことはほとんどないかもしれません。
2018年3月に厚生労働省が発表した「人生の最終段階における医療に関する意識調査」では、「人生の最終段顔における医療・療養についてこれまでに考えたことがありますか」という問いに、59.3%の方が「ある」と回答しています。しかし、「最終段階で受けたい医療・療養や受けたくない医療・療養について、家族や医療介護関係者と話し合ったことはありますか」という問いで「話し合っている」と回答したのは39.5%の方だけでした。
日本には、「長生きすることはよいこと」という考えが根強くあります。また、医師は患者の命を救うために、さまざまな医療を施して生きられるようにするものです。
このため、たとえば自発的に呼吸ができなくなったり食べられなくなったりしても、人工呼吸器や胃ろうなどの処置を行って、生きながらえる人が増えています。しかし、一方では、延命措置をすることで生きるのではなく、自然に死んでいきたいという考えをもつ人もいます。
自分の人生の最終段階のとき、多くの方は自分の意思を伝えられない状態になります。そういったときに、延命治療をするかどうかは、近くにいる家族や医療従事者の判断になるでしょう。自分で自分の生き方や亡くなり方を決めたいという方は、最終段階を迎える前に家族や医療従事者に自分の思いを伝えることが大切です。
その時々の気持ちは変化するかもしれませんが、万が一に備えて元気なうちに、自分がどのような延命治療を受けたいか、もしくは受けたくないかを、わかりやすいところに記しておくとよいでしょう。
3年前にお母様を亡くした美枝子さん(仮名)は、お母様の終末期医療のことで今も後悔をしているそうです。美枝子さんの話を伺いました。
親の延命治療を行うかと聞かれたら、どう判断するのが正解?
美枝子さんのお母様は86歳のときに脳梗塞で倒れ、リハビリをしながら入院生活を送っていたそうです。
「入退院を繰り返したり入院中も外泊したりと、最初はよかったんですよ。でも、体調が優れなくて精密検査をしたら、脳内に出血が見つかったんです。それから、うつらうつらすることが多くなって、お見舞いに行っても寝ていることが多くなりました」
美枝子さんは当時を思い出すように、ゆっくりと話してくれました。
美枝子さんによると、お母様はもともととても気丈な人だったそうです。
美枝子さんは妹さんの話をしたところでため息をつきました。妹さんは夫とともに長野県の温泉地でカフェを営んでいるそうです。
お母様のためにパートの合間を縫ってお見舞いに通っていた美枝子さんですが、ある日主治医からこんなことを言われたそうです。
美枝子さんのお母様は以前から「いよいよになったら、無理に生かされたくない」と言って、延命治療はしたくない旨を話していたそうです。しかし、主治医から話を聞かされた美枝子さんは「点滴で栄養を摂るのが延命治療だとは思わなかった」のだそう。
実際、栄養の点滴をしてもらうと、お母様の顔色はよくなり元気になったように見えたそうです。
しかし、その後しばらくするとお母様がずっと眠っているような状態になったそうです。
妹さんはお母様の最期に間に合い、一緒にご臨終の時間を過ごせたのですが、さまざまな思いがあったのでしょう。美枝子さんに攻撃的な言葉をぶつけてきたと言います。
妹さんに言われて、美枝子さんはびっくりしたそうです。
「私は母に元気になって欲しかったし、実際に母は治療して元気になりました。後から思うと、点滴も延命治療の1つだったんですけど。それでも、お医者さんから『治療をしますか?』って言われたら『やらない』なんて言えないと思うんですよ。もし治療をしなかったら、その決断をした私が母の命を止めてしまうのと同じことじゃないですか」
そうは言っても、美枝子さんには妹さんの「かわいそう」という言葉が心に刺さったそうです。
「妹は勝手なんです。急に遠くからやってきて、何も知らずに文句を言うなんて」
美枝子さん姉妹は付かず離れずそれなりに仲良くしてきましたが、お母様の件があってから疎遠になってしまったそうです。
「本当は一周忌やお盆には一緒に母のお墓参りに行きたいんですよ。お互い子どもっぽいとは思うんですけど、私が謝ることなのかよくわからなくて」
美枝子さんは、あのときの選択が正解だったのかどうかをずっと気にしているようでした。そこで、美枝子さんと一緒に、延命治療について考えることにしました。
延命治療とはどのようなもの?元気なうちに知っておきたいこと
延命治療を希望するかどうかを考える前に、延命治療がどういったものなのかを知る必要があります。延命治療とは、命を延ばすための治療のことです。投薬や手術も延命治療にあたります。一般的に延命治療といわれる処置は次のようなものです。
- 人工呼吸(呼吸できなくなった人に、人工的に酸素を送り込む)
- 人工栄養(食べられなくなった人に、胃や腸から直接栄養を送り込む)
- 人工透析(腎臓の働きが弱くなったときに、人工的に血液をろ過する)
「人工透析をやっている知り合いがいるんですけど、それも延命治療なんですか?元気にしているので、母のケースとは少し違う気がするんですけど」
美枝子さんの言う通り、延命治療を行うことで元気に生活できるようになることもあります。しかし、終末期には呼吸や食事ができなくなるのは当たり前なので、無理な治療をせずに自然に任せてほしいという考えもあるのです。とくに終末期の延命治療は、患者本人にとって苦痛を伴う場合もあります。苦しい思いをしてまで生きていたくないという人もいるでしょう。
いろいろな考え方があるので、延命治療がすべてよいとか悪いとかいうことではありません。
延命治療を拒否する場合は?リビング・ウィルで意思を表明しよう
美枝子さんの話を聞いていても、患者の家族が延命治療をやめてほしいと伝えることは難しいと感じます。延命治療をやめるということは、大事な家族の死に直結するからです。
本人が「延命治療をしたくない」と昔から言っていたとしても、いよいよになったときに家族が延命治療をしないという選択をすることは難しいのではないでしょうか?家族は、どんな状態であっても大事な人に生きてほしいと思うからです。
そこで、患者本人が自分の意思を表明することが大切になります。延命治療についての意思表明が「リビング・ウィル」というものです。リビング・ウィルは、「人生の最終段階における事前指示書」とも呼ばれています。延命治療をすることもしないことも、自分で決めて医療従事者に指示するための書類なのです。
リビング・ウィルには、次のような項目があります。
- 希望する医療措置
- 希望する栄養や水分補給
- 緩和ケア
- 意思の疎通ができなくなったとき
- 最期の過ごし方
医療についてだけでなく、人生の最期をどのように迎えたいのかという希望を書き記しておきます。
リビング・ウィルを医師や介護士に渡すことで、意思表示ができない状態でも、自分の尊厳を守った医療を受けることができるのです。
終末期の希望をエンディングノートに書くことも大事
まだ元気でリビング・ウィルを書くほどの気持ちにならないという方におすすめなのが、エンディングノートの作成です。
エンディングノートとは、自分の財産や自分自身のこと、終末期の希望、葬儀やお墓のことを書き記したノートです。遺言書のように法的拘束力はありませんが、その分家族や友人・知人に伝えたいことを自由に書けます。
元気なうちにエンディングノートを書くことで、今までの人生を振り返ることができ、今後の人生をどのように生きたいかが見えてくることがあります。また、財産や自分自身のことをまとめておくと、万が一あなたが倒れたときに、お世話してくれる人が困らなくて済むのもメリットです。
たとえば、あなたが急に交通事故に遭ったとき、健康保険証や現金、預金口座を保管している場所がわからないと、家族は困ってしまいます。自分の持ち物をすべて把握するという意味でも、終活の第一歩としてエンディングノートは役立つでしょう。
その代わり、エンディングノートは家族や終末期にお世話になる人にわかるように置いておく必要があります。元気なうちはあまり見られたくないものかもしれませんが、自宅のわかりやすい場所に保管するのをおすすめします。