日本人の寿命は男性81.47歳・女性87.57歳となっていて、世界各国と比較しても日本は長寿の国だといえます。しかし、最期まで介護や支援を必要とせず、自立して生活できる人はそこまで多くありません。
厚生労働省は、3年に1度「日本人の健康寿命」を発表しています。健康寿命とは、健康上の問題で日常生活に制限がなく生活できる期間のことで、2019年は男性が72.68歳、女性が75.38歳でした。
平均寿命と健康寿命から想像すると、人生の最後の10年程度は、何らかの介護や医療が必要になる人が多いということがわかります。
2021年3月末時点で要介護・要支援の認定を受けている人は、全国に682万人いらっしゃいます。介護・支援の認定を受けている方の人数は年々増えていて、地域や施設によっては介護施設の空きがない状態が続いています。
介護施設に入所できない場合に、代替案として登場するのは在宅介護です。在宅介護では、介護士の訪問やデイサービスの利用を組み合わせて、自宅で生活を続けます。住み慣れた自宅で自立した生活を送れるのが、在宅介護のメリットです。
2019年にアクサ生命保険株式会社が発表した「介護に関する親と子の意識調査2019」では、介護問題に関する60・70代の親世代と40・50代の子ども世代の回答がまとめられています。
そのなかで、自分に介護が必要になったときに希望する介護場所として、親世代の第1位(36.4%)だったのは「自身の自宅」でした。一方、子ども世代が希望する親の介護の場所として、第1位(38.4%)は「介護施設」となっています。
介護される当事者は、家族から離れることに寂しさを感じて自宅での生活を希望しますが、介護する側の子どもたちは、介護に負担を感じて施設への入所を希望するケースが多いのでしょう。
認知症になった親をもつ文枝さん(仮名)も、まさに介護の場所について悩んでいます。そんな文枝さんに詳しい話を伺いました。
認知症の母の入所先が決まらない問題、訪問介護だと家族は大変
文枝さんのお母様は、半年ほど前から徐々に記憶が曖昧になったりボーっとしたりすることが多くなったのだそうです。
「母は今年で81になる歳です。半年ほど前からもの忘れがひどくなっていったんですけど『年齢が年齢だし、そんなものかな』と思っていたんです。でも、最近『ものを盗られた』や『泥棒が入った』などと言って、いつも探し物をするようになって」
文枝さんの話によると、お母様の異変に最初に気付いたのは一緒に暮らしているお父様だったそうです。
「『なんか、母さんが変なんだよ』と、父が訴えるようになったんですけど、時々会う私の前では母は結構しっかりしているんですよ。だから、私はあまり真剣に取り合わなかったんです」
しかし、お父様の話では、お母様は以前とは人格が変わってしまったように感じたそうです。
- 怒りっぽくなった
- 料理や買い物ができなくなった
- いつも探し物をしている
- 入浴したことを忘れて、何度も浴室へ行く
お父様の話を聞いた文枝さんが認知症を疑って病院に連れて行くと、やはり中程度の認知症と診断されたそうです。
「父は『一人じゃ面倒みる自信がない』というので、母を介護施設に入所させようかと思って、近所の特別養護老人ホームに問い合わせをしたんです。でも、空きがなくて、いつ入所できるかわからないと言われてしまって。父や私が頻繁に会いに行けるような距離というと、施設は2つしかないんです。そのどちらも現在いっぱいだそうです」
文枝さんのご実家では、家事は全面的にお母様の役割でした。お父様はほとんど家事をしてこなかったそうです。このため、お父様は一人で家事をしながらお母様のお世話をすることに不安を感じたのでしょう。
「地域包括支援センターで相談したら、訪問介護を利用しながら空きが出るまで自宅で過ごすことを提案されました。訪問介護やデイサービスを利用するといっても、夜間は家族が介護をしないといけないんですよね。空きがないからどうしようもないんですけど、不安でして」
文枝さんは現在ご実家から電車で20分の場所で一人暮らしをしていますが、これを機にアパートを引き払って実家に戻ろうかとも考えているそうです。
「トイレとかお風呂とかの介助は、私がしたほうがいいだろうなという気持ちが大きくて。私自身は子どもが小さいときに夫と別れてひとり身ですし、実家からも職場に通えるかなと思っていて。でも、私も日中仕事をしているし、ずっと母に付きっきりというわけにはいかないんです」
文枝さんの言葉は不安そうでしたが、表情は少し吹っ切れた明るい雰囲気になりました。
「母が入る施設を探していたときに、本当は見学をしたかったんです。でも、このご時世、コロナだから見学ができないと言われて。職員の方に聞いてみたら、やっぱり高齢者施設っていま、コロナ禍で家族と直接面会できなかったり外出が制限されていたりするそうです。母はもし施設に入ったら、コロナが落ち着くまでは会えなくなってしまうんだろうなと思って。コロナが落ち着くといっても、まだ先は見えないですよね。そう考えたら、私が実家に戻って両親と一緒に暮らすのがいいかなと思えてきたんですよ」
そうは思っているものの、文枝さんは初めての介護に不安を感じていると言います。
「それで、事前に少しでも勉強して介護の準備を進めたいと思っているんです」
そこで、文枝さんと一緒に、在宅でお母様の介護をするために必要な事項を確認していきました。
訪問介護の定義とは
訪問介護とは、在宅介護サービスの一環として行われる介護のことです。
介護が必要になったとき、大まかに分けると「施設サービス」と「居宅介護サービス」の2種類があります。施設サービスとは、介護老人福祉施設などに入所して介護を受けることです。一方、居宅介護サービスは、訪問介護や通所介護、福祉用具の貸与などを組み合わせて、自宅で生活できるようにサポートすることを指します。
訪問介護とは、日常生活を送るのが難しくなった要介護者の居宅に、介護福祉士やホームヘルパーが訪問して生活をサポートするものです。訪問介護では、主に次のことを行います。
- 入浴・排泄のサポート
- 食事の準備や介助
- 洗濯や掃除などの家事全般
- 通院や買い物のサポート
要介護者が必要とするサポートを在宅で受けられるのが訪問介護ですが、ペットの世話や大掃除、要介護者以外の家族のための家事などは受けられません。あくまでも日常生活に必要な家事や援助をしてもらえると考えましょう。
「日常生活の援助だと、父や私が頑張ればできるような気がします。もしかして、私が一緒に暮らすことで訪問介護を利用できなくなるということも考えられるんでしょうか?」
文枝さんは不安そうに質問してきました。たしかに、同居する家族がいる場合には訪問介護を受けられないと思っている方が多いのですが、必要であれば訪問介護を受けることはできます。たとえば、家族が病気だったり日中仕事をしていたりする場合には、必要に応じた介護サービスを受けられます。
ただし、自治体や担当するケアマネージャーによって、受けられると考える介護サービスは異なるのも事実です。気になることを伝えて、しっかり相談したほうがよいでしょう。
訪問介護を受ける前に必要な準備とは
家族が要介護認定を受けたら、地域包括支援センターや市町村役場の福祉課などに相談して、ケアマネージャーを紹介してもらいましょう。
ケアマネージャーとは、介護をするうえで必要なケアプランを作成する専門職のことです。ケアマネージャーが作成したケアプランがなければ、介護サービスは受けられません。ケアマネージャーは、さまざまな介護サービス事業者と連携して、要介護者の方が生活しやすいようにプランを考えてくれます。
もちろん、ケアマネージャーが作成したプランがそのまま要介護者の受けられる介護サービスになるわけではありません。要介護者本人や家族が確認して、不十分な箇所があればプランを変更できます。
ケアプランの作成は介護の第一歩になるので、次のことに注意しながら考えていきましょう。
- 要介護者本人・家族の状況や要望をケアマネージャーにしっかり伝える
- 訪問介護だけでなく通所介護の利用も検討する
- 家族が仕事を続けながら介護できる方法を考える
ケアマネージャーは介護のプロなので、介護保険やサービスについての知識は豊富です。
しかし、要介護者本人や家族の状況や希望はわからないので、しっかりと伝えてケアプランを作成してもらいましょう。
たとえば、訪問介護だけでなくデイサービスなどを組み合わせることで、家族の負担を軽減したり要介護者本人の気分転換になったりすることが考えられます。
とくに文枝さんのお母様のように認知症の場合には、外に出たりほかの利用者と関わったりすることで、よい刺激を得られて進行を抑制できる可能性もあります。また、文枝さんのように主に介護を担う方が仕事をしている場合には、介護離職しなくて済むように、ケアプランを考えてもらうとよいでしょう。
初めて家族の介護をする方は、不安な気持ちが大きいはずです。
家族の不安に寄り添うのもケアマネージャーの仕事なので、介護を始めるにあたって心配なことがあれば、何でも伝えるとよいでしょう。
ケアプランが完成したら、ケアマネージャーが介護サービス事業者に連絡を入れて、手続きを進めます。利用する介護サービス事業者と契約をすれば、いよいよサービス開始です。
介護サービスが開始されたあとも、状況が変わったり不都合があったりするときは、担当ケアマネージャーに相談して適宜サービス内容を見直しできます。