高齢化の進む日本では、介護が必要な高齢者が年々増えています。
厚生労働省が出している「令和2年度 介護保険事業状況報告」では、2021年3月末時点で要介護、もしくは要支援と認定されている方が682万人とされています。(※1)
千葉県の人口が約628万人なので(※2)それよりもずっと多くの人が介護や支援を必要としているという状況です。もし身近な家族が要介護状態になったとき、誰が介護をしたらよいのでしょうか?
総務省が3年に1度行っている調査では、2016年10月~2017年9月に介護や看護のために離職した人は9万9000人でした。(※3)
ちなみに、介護のために退職した人のうち約8割は女性です。「家族が要介護状態になったら、妻や娘が仕事を辞めて介護を担う」ことの多さを浮き彫りにしています。
「介護が必要になったら家族が助けるのが当たり前」と思っている人は多いのですが、介護離職した家族にも生活があります。
既婚の女性だと、配偶者である夫の収入でなんとかなると思われる方もいるでしょう。しかし、仕事を辞めた時点では介護が何年続くかわからないので、離職期間が長くなる可能性があります。そして、再就職するにしても、前職と同じような条件で働ける職場を見つけられるわけではありません。介護離職せずに職場の介護休業制度や介護サービスを使いながら、仕事を続けたほうがよいでしょう。
今回は、ご両親の介護によって仕事を辞めようか迷っている美穂さん(仮名)のお話をご紹介します。
突然やってきた親の介護問題。老老介護で見えたつらい現実とは
美穂さんの年齢は37歳。一般的に両親の介護に悩むのは40~50代の方が多いので、美穂さんは若い方だといえます。しかし、「若いから体力があって大丈夫」という訳ではありません。
「私みたいに30代で親の介護の相談しにくる人って珍しいですよね?同級生やママ友にもこんな状況の人っていなくて…」
美穂さんは苦笑いしながら、申し訳なさそうに話し始めました。
「私の両親、なかなか子どもに恵まれなくて。母は当時としてはかなりの高齢出産でやっと私を産んだんです。だから、同級生の親御さんよりもずっと年上で」
話を伺うと、美穂さんのお父様は現在81歳、お母様は78歳とのこと。お二人とも後期高齢者です。
「去年の12月、父は脳梗塞で倒れたんです。2ヶ月間の入院を経て退院してきた父は右半身に麻痺が残っている状態でした。そこから、ほとんど寝たきり状態の父の介護が始まったんです。ただ、そのときは母が父の介護を一手に引き受けていました」
一気に状況を説明した美穂さんは、一息ついてからまた話し始めました。
「私は実家から車で30分ほどの場所に住んでまして。食品関係の営業職で、フルタイムで働いていました。子どももまだ小学生なので、仕事の日はバタバタしていて。休みの日に実家に帰って、母と交代で父の介護をしていました」
フルタイムの仕事をしながら育児をするだけでも大変だった美穂さん。そういった状況を知って、美穂さんのお母様は「できるときに手伝ってくれたら、それだけで助かる」と、おっしゃっていたそうです。
「母の言葉をそのまま受け取って、私は仕事と子育てに必死でした。でも、実家に行くたびに母から笑顔が消えていることに気付いたんです」
美穂さんが実家に行ったときによく観察すると、お母様が暗くなっている理由がわかったそうです。
「父は私には『悪いね』『ありがとうね』と優しい言葉をかけるんですけど、母には『ちゃんと持って』『しっかりしろ』とか、とにかくいつも命令口調で。体が自由にならない苛立ちを母にぶつけているように見えました」
「母の話だと、夜もトイレに行きたいといって、父が頻繁に母を起こすようです。オムツをしているからそこにしてもよいのですが、絶対にトイレに行くと言うらしくて。母は夜中に何度も父を介助しているので、ずっと寝不足状態で疲れていました」
美穂さんのお父様の状態を聞いていると、「なぜ介護サービスを利用しないのか?」という疑問が湧いてくる方も多いのではないでしょうか?その点を訊ねると、美穂さんは次のように答えました。
「そうなんですよ。父は要介護3の認定を受けているので、ヘルパーさんに来てもらったり通所サービスを利用したりできるんです。母と私でそういったサービスを利用しようと言ったのですが、何度説得しても『嫌だ』の一点張りで。とにかく頑固なんです」
老老介護の母親はもう限界に…その場合、子供は介護離職するしかない?
介護専門職の支援を拒否したお父様を懸命に介護し続けたお母様。ところが、ついにお母様にも限界が来てしまいます。
「母が夜中に父をトイレに連れていったときに、父を支えきれなくて倒れてしまって。腰が痛いというので病院に連れて行ったら、骨折していたんです。しかも、疲労骨折だと言われました。こうなるまで気付いてあげられなくて、本当に母に申し訳なくて…」
お母様が倒れる前から、仕事帰りに買い物をして実家に寄ることが多かったという美穂さんは、自分の限界も感じていたそうです。
「仕事は正社員だしやりがいを感じていたけれど、定時であがったとしても通勤時間を考えると、家に帰る時間は遅くて。夫とも話して、私は介護離職してパートの仕事をしながら父の介護をしようと思っています」
そう言い切ると、美穂さんは少しすっきりした表情を浮かべました。
「実は、母が倒れる少し前に、父がお世話になっているケアマネージャーさんに『父の介護をお願いできるところはありませんか?』と、聞いたことがあるんです。そうしたら、『どこもあまり空きがなくてね。でも、娘さんが若いから大丈夫でしょ!お父さんも娘さんが面倒みてくれるほうが嬉しいもんね』と、言われてしまったんですよ。そのとき、『あー、もう誰も私や母のことを助けてくれないんだな』と思ったんです」
「私は一人っ子で兄弟も居ないし。両親の兄妹だってもうおじいちゃん、おばあちゃんの年齢だし。大変だけど、小さい頃から両親には本当に大切に育ててもらってきたんです。私がやらないと後悔するような気がしています」
美穂さんがはっきりと話す一方で、聞いているこちらは涙が出そうになりました。そこで、美穂さんが抱え込まなくてよいように、お父様の介護について一緒に考えようと思いました。
子供に介護して欲しいと思う親は意外と少ない。介護離職は避け可能な限り外部を頼ろう
お父様が介護サービスを拒否し、担当のケアマネージャーにも「家族が介護したほうが幸せ」と、言われたことで、美穂さんは仕事を辞めようと考えています。しかし、本当に「介護は家族が担う」ものなのでしょうか?
2019年にアクサ生命が実施した「介護に関する親と子の意識調査」(※1)を見てみると、介護される親側の気持ちがわかるかもしれません。
この調査では、「介護が必要になったときに介護場所はどこを希望するか?」と、60代・70代の親世代に質問したところ、36.4%が「自分の自宅」と回答しています。多くの方が、介護が必要な状態になったとしても、自宅や家族から離れるのは寂しいと感じていることがわかります。
しかし、「介護の担い手として誰を希望するか?」という問いで、最も回答が多かったのが「介護サービスの職員(49.6%)」でした。2位に「配偶者(41.2%)」が続きますが、子どもに介護をしてほしいという親は24.6%のみです。
「え?親は子どもに介護してほしいと思っていないんですか?」
美穂さんは驚いた表情で話を聞いています。
この調査では40代・50代の子ども側にも質問をしています。「親が要介護状態になったときに誰が介護をするのがよいと思うか?」という質問に、「自分(子ども)」と答えた人は57.2%もいたのです。つまり、親は子どもに介護してもらうことを希望していないものの、子どもは自分が親の介護をしなければならないと思っていることがわかります。
「はあ、そうなんですね」
力なく呟いた美穂さんに、説明を続けました。
親が子どもに望んでいる介護の内容とは何でしょう?介護というと食事や入浴、トイレの介助のイメージがありますが、親が子どもに望んでいる介護内容の1位は「話し相手になること(77.2%)」でした。そのあとは、「買い物(62.6%)」「病院や介護施設への送迎(61.8%)」と続きます。親と子でイメージしている介護内容がかなり違っていて、親は介護離職してまでの介護を望んでいない可能性があります。
美穂さんのお父様のように自宅での介護を希望する場合には、家族がまったく関わらないわけにはいきません。介護サービスを利用しながら、バランスをとっていくことが大切です。しかも、美穂さんにはまだ小さいお子さんがいらっしゃいます。ご両親を大切にしたい気持ちはとても理解できますが、今後お子さんには時間もお金もかかるでしょう。介護離職は回避したほうがよいはずです。やはりお父様を説得して、家族だけでの介護を見直すことをおすすめします。
また、介護保険を使っていても、多少お金が必要な場面は出てきます。今後のご両親のことを考えたとしても、美穂さんが働き続けるメリットは大きいといえるでしょう。
介護離職を防止するために知っておきたい「介護休業制度」とは
介護離職を回避するために、2022年4月から「育児・介護休業法」が改正され「介護休業制度」が段階的に施行されています。(※1)
この制度は、要介護状態にある家族1人につき3回まで、通算93日まで休業できるというものです。正規雇用者だけでなく、パートや派遣社員も一定の要件を満たせば取得できます。また、休業だけでなく時間単位での休暇も取りやすくなっています。介護サービスの手続きや通院の付き添いなどの際に、時間単位での休暇は活用できるはずです。
介護休業を取得した場合、一定の要件を満たせば休業開始時の賃金月額の67%を介護給付金として受給できます。
「介護で休むなんて、会社から嫌がられそう」と、不安になる方もいるかもしれませんが、従業員が介護休業を使うことによる降格や解雇などは禁止されています。身近な方の介護問題は誰にでも起こることなので、安心して介護休業制度を使いましょう。
「ケアマネージャー」は介護の肝!家族のことも理解してくれる人を選ぼう
美穂さんの話のなかで、気になったのが美穂さん家族と担当ケアマネージャーとの関係です。美穂さんがお父様の介護のことを相談したときに、ケアマネージャーはあまり真剣に受け取らず、家族で介護することを勧めました。
ケアマネージャーとは、介護の肝ともいえる存在。介護を必要とする方が介護保険サービスを受けられるように、ケアプランを作ったりサービス事業者との調整を行ったりする専門職です。
ケアマネージャーは介護者だけでなく、介護者の近くにいる家族の状況を理解しなければなりません。そのためには、ケアマネージャー自体の優秀さだけでなく、介護者・家族との相性のよさやコミュニケーションも重要です。
家族の希望が伝わりにくいと感じたときは、しっかりと家族の意思や困りごとを伝えましょう。また、何度も話しているのにうまくいかないと感じたときは、ケアマネージャーの変更を検討してもよいでしょう。